日記

「理不尽さん」と出会った

理不尽な人。

生きていたらちょいちょい見かけますよね。

まぁ「理不尽な人」って言うとその人が365日ずっと理不尽なことを言う人みたいになるので「自分には理不尽に見える行動をしているのをよく見かける人」にしておこうかな。

漫画家のさわぐちけいすけさんの「理不尽さんとの付き合いかた」が面白かったのでこんな記事を書き始めてるんですが。

あ、この本めっちゃおもろいですよ。個人的に大事にしたい夫婦の関係性がまとめられてる感じがする。今日この人の本2冊読みました。

僕が最近この災害に近い体験をしたのでその時の出来事を書いてみようかと思います。

ありのままの自分で居づらい構造

その出来事は仕事が絡んでいて、その時の構造が無意識に「ありのままの自分」を押し殺すような構造でした。

会社で例えるなら、カスタマーからのクレームみたいな感じ。

自分個人としては、「ハイハイワカリマシタキニイラナイナラワガシャノセイヒンツカワナイデイインデ、アナタトノカンケイセイハグクミタイトモオモッテナインデ、オネガイダカラソノイカリノエネルギーヲボクニブツケナイデハヤクボクカラハナレテ」
って思っているのに

自分が会社から給料をもらっているということ
自分にとって会社の同僚との関係性は大事
会社の同僚にこの火が飛んでいって迷惑になるんじゃないかという恐れ
自分のありのままの声がもし相手の怒りに油をそそぐ事になったらという不安

みたいな要素が重なり合って、全然思ってもいない謝罪の言葉を並べてその場を穏便に切り抜けようする、という行動を無意識にとっていました。

会社の規模とか、風通しの良さとか関係性にもよるんだろうけど、「企業」という名の下に働くことで大なり小なり「ありのままではいられない」という力が働いているんだなぁと感じました。

税金が給料として払われている公務員は余計にそうかも。

リフレクションが効かない…

そんな中なんとか穏便に過ごそうと、相手を落ち着けるためにリフレクションを試してみました。

「うるせえ。そういうことじゃないんだよ」

と一蹴。

ワークショップではできても現実では難しいぜ…

とかその時は思ってたんだけど

よく考えたらこれ当然だったなぁと思って。

なぜなら、僕の中にその人に寄り添いたい気持ちが一切なかったから

「落ち着かせて穏便に済ませたい」というのを意図してリフレクションしてたから、相手に響かなくて当然だなぁと後から思いました。笑

かがりん
かがりん
もはや、
「なんでそこまで言われなあかんねん」
と逆ギレしそうになるエネルギーだったもんね。笑

結局、どうする?

場合と状況にもよりますが、災害に逆らってもすっごいエネルギー食っちゃうので、

通り過ぎるのを待つ

がいいのかなぁと今は思ってます。

寄り添いたい気持ちがない相手に無理やり共感するのも大変だし、多分結果も出ない(結果を出すためのものではないが)

自分が大事にしたいニーズにつながりながら、嵐が過ぎ去るのを待って、後で自分に共感してあげて回復しようかな。

リフレクションには相手自身がいってることを理解して落ち着く効果がある気がするから、今度はその意図を持った上でリベンジしたい気持ちもあるw

自分にとって曲げられない大切にしたいものはしっかりと両手で持ちながら、嵐が過ぎ去るのを待とうかと思います。

その後でもし、その相手とつながりたい、いい関係性を育みたいと思う気持ちが出てくれば、その時に関係性を修復する為の歩み寄りをすればいい。

共感はまず自分からね

 

*「日記」カテゴリの記事は、なんとなくその時に思ったことを徒然なるままに書いております。「この表現がどう受け取られるだろう」みたいな読み手へのインパクトを考えきれてないので、誤解が起きやすいかもしれません。「あぁこいつは今こんな風に思ってるんだな」ぐらいの軽い感じで読んでもらえると幸いです。  ー 僕の気楽さのために