【ギフトエコロジー】在り方から始まるギフトの世界

雨がしとしと。

都会にいると雨は「ただ嫌なもの」だけど、自然が多いところで生きていると、雨だからこそ活動する生き物だったり、葉っぱに雨があたる音だったり、「地球が生きている」ということを感じられるような気がして、気持ちよさも感じています。(まぁ、雨が大好き、というところまでではないけれど、、笑)

ちょっとギフトについて考える機会があったので、自分の中での整理がてら文章にしていこうと思います。

「ギフト」「ギフトエコノミー」「ギフトエコロジー」

これから書いていくことへの誤解が生まれないように、僕にとって「ギフト」という言葉の持つ意味がどんなものなのかをまずまとめてみたいと思います。

 

僕の中で大きく2種類の「ギフト」の意味があって、

一つは「才能」「天からの贈り物」「個性」というような質感のもの。

 

もう一つは、「贈り物」「無償の愛」というようなもの。

 

この2つのことをまとめて「ギフト」という言葉で表しているので、その時の文脈によって脳内変換してもらえたらと思います。

 

さらに、近い言葉として「ギフトエコノミー」「ギフトエコロジー」という言葉もあって、これらの世界観のことも「ギフト」という言葉に含んでいることもあります。

 

「ギフトエコノミー」は、たとえば、

「あなたが価値を感じた分だけ払ってね」というドネーション制度やスライディングスケールだったり、

「僕が必要としているものと交換しよう」というモノ払いだったり、

「僕が必要としている働きと交換しよう」という働き払いだったり。

お互いの合意がなされてから交換する場合もあれば、先にただギフトして、どういう価値を感じたかを受け手に委ねるような場合もあって、そのスタンスは人それぞれ。

そのスタンスによっては後述するギフトエコロジーに含まれる場合もあるんだけど、

 

「お金だけが価値の基準じゃないよね。価値は人それぞれだもんね。」というような、やさしい等価交換という質感。

 

「ペイ・フォワード」「give&give」「贈与経済」と呼ばれてもいる。

けど呼んでいる人によって意味しているものが違ったり、下記の「ギフトエコロジー」とごっちゃになっている感じがするので、注意してみてください。

 

 

「ギフトエコロジー」

見返りを求めない、愛からのギフト。

「ただ与える」というところで完結している。

自然界の、太陽が無償で光を与えてくれることや、母親が子供にお乳をあげることのような関係性。

「与えたところで完結している」という上で、受け手はその気持ちを全く違う誰かに送ってもいいし、直接相手に送り返してもいい。

それはどんな形でもいいし、何もせず、ただ受け取るだけでもいい。というようなスタンス。

「恩送り」とか呼ばれたり、「贈与循環」って呼ぶ人もいます。

わかりやすいのはスマイルカードとかかな。

匿名の優しさ(たとえば倒れた自転車を戻したり、野菜のおすそ分けだったり、色々。)とともにこのカードを置いて、裏には「次はあなたの番です!」っていうメッセージが書いてある。やさしさが贈られていく素敵な仕組み。

 

「ギフトエコノミー」はやさしい等価交換の仕組みなのに対して、「ギフトエコロジー」は在り方のような印象を受けました。

スマイルカードは、その在り方を実践しやすくしてくれる仕組みなんだなぁ。

ギフトを生きるということ。

与えあいで成り立つ世界って、聞くとすっごい素敵なんだけど、今の社会構造と離れすぎていてどこか理想論に感じられる人も多いのではと思います。

僕もその一人で、「そりゃできたらいいけど、現実的に考えたら難しくね?」と、少し斜に構えて見ていました。

ただ、海くんや道場のみんなの在り方に触れて行く中で、だんだんと僕の中でギフトの世界ができていく感覚がありました。

それは、当初解釈していたDoingベースの、ギフトが循環し、生活や経済が成り立つ世界ではなく、Beingベースの、あり方としてのギフトの世界でした。

 

「何かしてあげる」という行動(doing)が先にあるのではなく、相手への思いやりや豊かさを分かち合いたいと願う気持ち(being)があって、その溢れ出る形として行動があったり、言葉があったりする、というもの。

 

等価交換をベースの社会にいきているから、つい

(何かをしてもらったから)何かをしてあげる

何かをしてあげる(からまた何かお返ししてね)

という風になってしまいがち。

もちろん、それでもいいんです。

でも、等価交換としてのギフトと、無条件に与える愛としてのギフトを区別しておくことは大切だと思います。

 

ギフトっていうのは、社会がどう、とか、仕組みがどう、とかじゃなくて、あり方として歩んで行く一つの道のようなものだと思うんです。

だから、社会がどんなにgive&takeな構造でも、「ギフト」というOSの元に行動を選択できればその人の世界はギフトになる。

経済的にギフトで回る必要はないんですよね。

そこをゴールにしちゃうと、ちょっとエネルギー的にずれちゃう感じもある。

でも、ギフトの道を歩んでると「結果的に、経済的にギフトで回るようになってました」って人は多いかも。

経済的な問題とか、色んなものとぶつかっていくと思うけれど、それを含めて豊かな道だと思う。

僕は、この道を歩んでいきたいと思っています。